松葉は、座ってすぐさま、「毎日、ご迷惑をお掛けしていて申し訳ございません」と、お詫びした。

そして、残業時間については夜10時までの了解を頂いた、と役場の担当者より聞きました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします、と2人で頭を下げた。すると、どうだろう、次の言葉が返ってきた。

「松葉さん、すみませんね。昨日に続いて、お忙しいのにおいで頂きありがとうございます。老人のわがままと思ってお許し下さい。私たちは、年金暮らしをしています。皆さんみたいな昼夜の分け隔てなく働いている方がいらっしゃるから、我々は年金を頂くことができるのです。

現役の皆さんに、頑張って頂いているから年金制度は成り立っているのですよ。我々は、感謝申し上げなければいけません。中には、俺たちが自分で積み立てた年金だ、もらって当然だ、と言う方がいらっしゃいますが、とんでもない思い違いです。相互扶助の精神で、国民全員でこの制度を支えていかなければなりません」

松葉は、相当なお叱りを受けるのではないかと思っていたが、思わぬ感動的な話を聞いて感激した。今後、十分気を付けることを約束して、その場を辞した。

工場に帰ってきて、松葉は工場長に最近にない良い話を聞いたなぁ、と話しかけた。

「朝、工場の門を開けていると散歩中の人に会うけど、感謝の目で見られたことはないなぁ。工場長は?」

「一度もないですね。たまに目が合っても知らんぷりです。何だか働いている者が蔑まれているような感じがしたことがあります」

「寂しいね。しかし、今日は良い話を聞いたね。元気が出たね」

「そうですね。頑張ります」

そう言った工場長の顔が、朝日に輝いて眩しかった。

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次回更新は9月8日(日)、8時の予定です。

 

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