「ハア~、そろた、そろた~よ~、自慢の店が~♪」輪島朝市に歌声がひびいている。

何を隠そう。声の主は、夫の母である。つまり、私の姑だ。二十年以上も前から「朝市音頭」を歌っているのである。「朝市音頭」はちゃんとレコード化されていて、由岐ひろみさんという歌手が歌っているのだ。この歌ができた当初から、姑は練習して朝市で歌っているのだが、ただでは歌わない。

ミニ草履を一足百円で十足買ってくれたお客さんにサービスとして一曲歌う。二十足のお買い上げでは二番まで歌う。朝市音頭は全部で五番まである。姑は、野菜の他に民芸品(主にミニ草履)も売っていた。

朝市音頭は、売上を伸ばす目的と、観光客への思い「そんなことしていると、あんちゃんに嫁がこないぞ」とか、「変わりもの」とか。

でも、ちゃんと嫁はきているし、何も心配はない。嫁の私にも「お姑さんがあんなことをしていて、はずかしいやろ」とか言う人がいたが、私は意味がわからなかった。姑のしていることはビジネスだと思っていたし、とても勇気のあるアイデアだなと感心していたからだ。うらやましかったら、あなたもすれば?と言いたいくらいだった。

その姑も、年齢には勝てず、体調が悪い日が出てきた。入院する時もあったが、退院するとまた朝市に復帰した。いつまでも元気ばあちゃんでいるわけがないのだ。選手交代も時間の問題だな、と私は思った。

もしも、私が朝市に出るとしたら・・・ということを本気で考えるようになってきた。輪島朝市は、朝七時から午前中いっぱい開かれている。休みは、毎月十日と二十五日の二回しかないのだ。強制的に出なければならないという規則はないが、よほどのことが無い限り誰も休まない。

果たして私につとまるだろうか。朝市はとても貴重な売り場で、一度手放すと二度と手に入らないと言われている。夏場のメロンとスイカは、百パーセント観光客用に栽培している。

私たち夫婦は、夏休みだけ朝市にバイトを雇おうかとも考えた。すると、なんと息子が「ボクが朝市に出てみようか」と言い出したのだ。私が店へ野菜を卸しに行っている間だけでも店番をしている、と言うのだ。信じられない。今どきの若者は何を言い出すかわからないものだ。

こうして、高校三年生の息子の夏休みは「朝市デビュー」となった。

【前回の記事を読む農業では無理だといわれる休日を設定!月二回の定休日は両親とは「お互いに干渉しない日」

次回更新は9月23日(月)、11時の予定です。

 

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