気がついたらこんなことに

十一時間もかかるというから、途中でキュウリの収穫に帰ったという夫。片道一時間二十分はかかるだろう。そして、また病院に向かう。その日は豪雨であった。

実家の母は、興奮のあまりしゃべりっぱなしだったという。その気持ちはわかる。黙っていると良いことは思わない。最悪のことばかり思ってしまうから、ついしゃべってしまうのだろう。

夜中の一時、手術を終えた先生がビデオで家族に説明してくれたそうだ。疲れているのに、家族のために説明してくれたのだった。初めて見る私の頭の中は感動ものだったそうだ。いろいろと勉強になるのか、私の手術には研修生がたくさんいたそうだ。

私は眠っていたから何もわからない。わかったことは、手術室から帰ってくると、母や夫や娘と息子が私を見ていること。

「よくがんばったな」という母の声かけ。いっしょうけんめいに私を呼ぶ看護師に、何も答えることができなかった。ただ眠たいだけだった。「うまくいったのだな」と自分自身は感じたけれど・・・。

大雨の中、家に帰ったのは夜中の三時頃らしい。それから、野菜の袋詰めをしなければならない。寝る暇もなく配達の用意をしなければ間に合わないのだ。

店の人にも、しばらくは私の病気のことを黙っていたが、あまりにも私が配達に来ないので変だと思ったらしい。ばれてしまったようだ。

記録するとかしないとか・・・それどころじゃない私の状態。自分の身体さえ自由にならない。何かを訴えたいのに言葉が出てこない。頭の中で単語が探し出せないのだ。先生に「ハイ」と答えるのが精一杯だった。

こんなことでは、全部「そうです」と言っているのと同じではないか。頭で思っていても、言葉に出せない。他人は、こんな時に「あの人はボケてしまった」というのだろう。私は、少しは痴呆の気持ちがわかるような気がした。

看護師は、毎日同じ質問をぶつけてきた。「お名前は?」「生年月日は?」「ここはどこ?」「これは何に見える?」などと・・・。最初はまじめに答えていた。でも、あまりにも毎日が同じ質問ぜめで、しまいには質問の順番を覚えてしまった。