「僕はお父さんやお母さんに約束したんだ。『治ったらキャンプに連れてってね』って」
「キャンプ?」
「森とか川とか、海とか山とか。自然が好きだったし、お父さんとお母さんに、スポーツとか勉強とか。見てもらいたかったから」
「そう」
「僕が元気に走り回っていた時、お父さんもお母さんも笑っていたもん。だけど…… 」
「だけど?」
「だけど、病院で約束したとき、ふたりは涙ぐんでいた。ずっとあとからその時の意味が分かったよ。僕は助からない病気だったんだ」
私はテツロウ君とずっとそばにいてもいいかと言ったのよ。
そう、私は結婚した。
結婚するって、そういうことなのかな、お母さん?
私は、テツロウ君といっしょにいるの。出来ることなら紹介したいわ。
お母さん。お母さん……。
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藤井奈々子さんがおばあちゃんに向いて語る姿は、まるで日向子さんが乗り移っているかのようだった。
「お母さん」
その声が日向子さんの声だと勘違いしてしまうほどに。
おばあちゃんは藤井奈々子さんに視線を合わせない。
どこか部屋の奥の方に目を置いている。
その辺りに遠く意識のない視線が置かれているように思えた。
おばあちゃんは小さく口を開くと、「日向子の旦那さん。私もお目にかかりたいわ... ... 」とそう漏らした。
藤井奈々子さんはなにも返事をしない。
おばあちゃんは、その後は何も言わなかった。
【前回の記事を読む】会ったその日に好きになった天国のような綺麗な所で出会った少年。その少年と一緒にクジラと共にお出掛け!
次回更新は9月18日(水)、11時の予定です。