第四章

「また来ることになったな」

そうお父さんが言う。車はおばあちゃんの遺灰の一部とあの時のメンバーで海に向かった。

私は遺灰を大事に手に握って持った。

海はあの日よりも晴れた青い空の下で青緑色に澄んでいた。

「それじゃ、かあさん。お元気でね」

お母さんは遺灰を前置きもなく雑に海に撒いた。あっさりしている。お鍋に胡椒でも振りかけるみたいだった。

「そんなふうに海岸に撒くの?」

お母さんにそれを聞いたとき、お母さんよりも遠くの方に目が留まる。

海岸沿いの数十メートル先の方に、寄せる波を見る一人の女性が見えた。

私は気づいてしまった。

「あっ、藤井奈々子さんだ」確かだった。

お母さんも気づいて、私が大きく手を振ると、藤井奈々子さんもこちらに気が付いた。 近づく素振りは見せないけど、その場で深々と会釈をした。

「藤井さーん!」私が少し声を張る。

次の瞬間、海の方で突然に音がした。

「ザッバーン!」

爽快な青色と濃い青緑色の境目、空と海の間の辺に、大きな物体がジャンプをした。

「シロナガスクジラだ。あのシロナガスクジラだ!」お兄ちゃんが叫ぶ。

「あっ、鯨!」

私も嬉しくなって叫んだ。

お母さんも信じられないという表情で目を丸くする。

鯨はもう一度小さく跳ねて、そして背中の辺りから潮をちょこっと吹き上げた。

「ブゥオー」

鳴き声だろうか、低い波動のような音が聞こえたと思うと、その後は海のうねりが静かに収束していくのみだった。

私は海岸の際の方まで駆け寄る。

(鯨! おばあちゃん、鯨! 日向子さんの鯨!)

心は踊る、日向子さんがすべて真実だったと証明してくれるみたいで嬉しかった。

私は嬉しいっていう気持ちでいっぱいになっている。

「鯨!」

(もう一回来て!)

だけど、その後は静かな海に戻ったきりだ。