屋敷に帰ると珍しく長兄、新之丞が居る。ピンと背をのばし、庭で木刀を振っている新之丞はいかにも武士らしく、勇ましい。香取神道流の笹口道場に通っている新之丞はかなりの使い手で、門下生の中でも高弟に数えられる。師範代不在の時は他の門人に稽古をつけることもあるらしい。

道場仲間が十人ほどのならず者に囲まれていた時、颯爽と現れて地面に転がしてしまった事もある。父が自慢げに話していたのを何度も聞いた。新之丞は一心不乱に木刀を振っている。一振り、一振りが重い。香取神道流は剣術、居合、柔術、棒術、槍術、薙刀術、手裏剣術など様々な武術を有する。

新之丞は剣以外にそれらも修練しているのだ。戦国時代のように相手が鎧を着ている事を想定し甲冑の弱点である首、脇、小手の裏などを狙うことが多い。より実戦向けの剣法だ。

「源次郎、帰って来たなら相手をいたせ」

二人の気配に気づいていたのだろう。背を見せたまま、新之丞が源次郎を呼び止める。こっそりとその場を立ち去ろうとしていた源次郎はむくれた顔をして竹刀を取り出そうとしたが、側に控えていた佐太郎が、それを許さない。すかさず木刀を源次郎に差し出した。源次郎は逃げられないと観念したようで、大人しく木刀を受け取った。

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次回更新は9月8日(日)、11時の予定です。

 

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