千恵はとても外見を気にする。ノーメイクで外出したところを見たことがない。

「どうせ、抜けるんだから、パパに植毛してみたら、いいね」

あまり笑い話になっていなかった。

抗がん剤の投与を開始し、二週間程度が経過した。副作用により、食欲減退、頭髪の脱毛が始まった。

家の中でもウィッグを付けていたため、脱毛しているかどうかよく分からないが、家中至るところに頭髪が散乱していた。白色系のリビングの床に落ちている頭髪を何度となく指で拾い上げた。

ある朝、千恵の体調が悪く、会社に行くのも躊躇するような状況だったが、一先ず出社した。メールで状態確認したが返信がないため、連絡せずに午後帰宅したところ、尼さんのような光景が目に入った。千恵はびっくりして毛糸の帽子をかぶり、

「帰ってくるなら連絡して!」

と、手酷く叱られた。千恵は、こんな自分の姿を誰にも見せたくなかったのだろう。夫である私にさえも。千恵は見栄っ張りの女性であった。

私が理髪店に行って、髪を短く切ってくると、いつも

「あっ、髪の毛切った、短くなった、でも私よりちょっと長い」と微笑んでいた。

「中学・高校時代はいつも坊主刈りだったから、別に坊主になることに抵抗はないよ。

そんなに喜んでくれるのなら、いっそ坊主にでもなってもいいけど」と笑って言い返した。

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次回更新は8月26日(月)、16時の予定です。

 

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