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「ママ?」
「ねえ、病院の先生は?」
「ねえ、ママ。どこ?」
私は怖くて何日もずっと泣いていました。
それはなぜなら、起きたらお母さんがいなかったから。そして、お医者さんも看護師さんも。
私の寝ていたベッドも病院のそれとは違っていて。
私はどこか知らない場所にいたから。
泣き疲れて、震えてはまた疲れて、そして眠ってしまう日々だった。
私は緑の綺麗な草がたくさん生えた庭のある、小さな家に一人で置かれていたんです。
最初の日、私は家の中を探したわ。お母さんがどこかに居るのかと思っていたから。
隅から隅まで声を枯らすほどお母さんを呼びながら。
「ママー。ママー、どこにいるの。マーマー……」
疲れて寝てしまった後には、暖かいお布団がかかったベッドに寝ていたの。お母さんが運んでくれたのだと最初は信じていたわ。
その家ではご飯もお菓子も欲しいと思ったらテーブルのある部屋に置かれていたの。
私以外にはその家には人がいなくて、それでも暖かいご飯もおいしい飲み物もテーブルの部屋に入ると揃っていたわ。
ベッドのある部屋に戻ると布団は綺麗に整っていて、これもきっとお母さんがやってくれたのだと初めは思ったの。
そしてテーブルの部屋に戻ると、食器は綺麗に片付いていて。お腹が空いてその部屋に入ると食事やお菓子が置かれているっていう仕組みだった。
でも、お母さんは、いつも出てきてくれなかった。
そして、あれは何日目かのこと。私はお母さんを探そうと家の外に出たの。広めの庭には緑の見たことのない植物がたくさんあって、それをかき分けて歩いて行ったわ。だけど、遠くに行ったと思ってもすぐ後ろの方にさっき居た家があるのよ。
歩いても歩いても、遠くに行くことは出来なくて。
私がその場で悲しみの中にうずくまると、どこか遠くの方から声がしたわ。
「ここは航海中のクジラの中です」と。
クジラの中とはどういう意味かを知りたかったから、私は家に戻って絵本を探したの。
(クジラ……。クジラの中って?)
そうしたらテーブルのお部屋に一枚の紙が置いてあって、こう書かれていたわ。
『お母さんは今ここにはいませんが、一緒に世界を回ります。この家はクジラの中にあります。心配はいりません』
クジラの中に家があって、そこに私はお母さん無しで住んでいる。お母さんだけじゃない。お父さんも友達も、近所のおばさんも保育園の先生もいない。
誰もいなかった。
私は寂しくて、寂しくてたまらなかった。だけど、たまに遠くの方から優しい声が喋りかけてくれたわ。
そして、その声の正体を突き止めた。声はクジラが喋っているものと知ったの。クジラは姿を見ることができないわ。なぜなら、私はクジラの中にある家に住んでいるのだから。ということはクジラって、ほーんとに大きな動物なのね。私が思っていたよりもずうっと。
クジラのお腹の中に家があるなんて、なかなか理解できないことだけど、初めの頃の小さな私は何となく納得したわ。
だって、そういうものだと考えるほかなかったから。
そして、私は気付いたの。ここは普通の世界じゃない。私が住んでいたところではない。
【前回の記事を読む】次々に語られる死んだ大叔母の言葉 鯨と旅行をし、鮫と話す亡き大叔母は、一体どこにいるのだろうか...
次回更新は8月28日(水)、11時の予定です。