第三章

藤井奈々子さんは、少し間を置いたら、そのまま話を続けていった。

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クジラは私を元気づけようとしてくれる優しい心を持っているのよ。

とてもとても綺麗な海に行きたいと思ったとき、ランペドゥーザ島という場所に連れて行ってくれたわ。イタリアの南の方にその島は浮かんでいるんだって。

細長い形をしている島だからと言って、ゆっくり時間をかけて島を周ってくれたの。島の景色をたまに見ながらね。それだけでもお泊り旅行のようだった。私は見たことのない場所にワクワクしたわ。

クジラは白い砂が見える浅瀬に連れて行ってくれた。夏の日差しがまぶしかったけど、私は全然平気だったのよ。汗もかかないし疲れてもいなかった。

「船で見てみてごらん」 と言うとボートを用意してくれた。

私はそこに乗ってゆらゆらと海の中を覗いたわ。

その海はすっごく透明なの。触ってみるとチャプチャプと水はあるけど、まるで空中に居るみたい。気が付くとほかの船が目の前の方にあってね。その船を私は見たわ。

そうしたら空に浮かんでる。

「えー!」って私は声を上げたの。だって、本当に浮かんでいるように見えたんだもん。

それはね、海があまりに透明だったから。それでそういう風に見えていたんだってわかったんだ。 だから私の乗るボートもきっとそういう風に見えるでしょ。

だれかそこの船に居ないかな、と思ってね。大きな声で呼んでみたわ。「ねえ、誰かいますか? すいませーん。聞こえないの?」

ゆっくりボートの上で立って、バランスを取りながら手を振った。 けどその船からは人が出てこなかったけどね。 とっても綺麗な透明の海。海の上だけど空に浮かんでいるみたいに見えた。

今まで知らなかった海。

こんなに不思議な場所もあるのね。

私は空に浮かんでいる気分のまま、クジラに戻ったわ。

コップに一杯の水を汲んで、テーブルの上で揺らしてみたの。

ゆらゆらと波が立って、海の表面が動く様子を思い出してた。

「お母さん、海が綺麗だったよ」そうしてその日は眠ったの。

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私は少し気づいてきた。 おばあちゃんは、しっかりと話を聞いている。そして同時に何かの感情を抑えて聞いているんだ。

初日は藤井奈々子さんに質問をしていたけど、その後は一方的に聞くことに集中している。きっと藤井さんが話す事にはいちいち聞きたいはずだ。

それなのに、作り話のような藤井奈々子さんの言葉を理解しようと頑張っているように見える。そんな時に私とつなぐ手は暖かく、おばあちゃんが一生懸命聞いている証拠にも感じられた。