息子が冗談のように、「元気な、手のかからないジジ、ババなら乳幼児を扱うより楽だし、世話が焼けなくていいということだよ。うちの親父みたいに手のかかる危ない人はお断りということになるんだよ」と半ば自棄気味に罵る言葉を否定できない自分自身が、とても惨めに覚えました。
介護で、家族の身も心もくたくたになり、今までの明るい『家庭』も『家族の絆』もバラバラになってしまっても、それはそういう重篤な病に罹った人やその家族の責任で、自業自得ということなのでしょうか。
所詮今、国の打ち出している『在宅介護』は机上の空論、きれいごと、絵に描いた餅であり、施設において手間のかからない人を受け入れるシステムであると思うのは、私の僻目なのでしょうか。
我々在宅介護をしている者は、どんなに仕事が忙しくなろうが、自分たちで時間を捻出する。親戚に何事が起ころうが、欠礼する。それが当たり前だということなのでしょうか。
家に病人が一人いるということだけで、家族はそれぞれ何らかの不自由、不便さを強いられます。 その上、そのために人としてのお付き合いもままならないということになり、ただでさえ肩身の狭い思いをしているのが、ますます世間様から孤立してしまう。
なんとも情けない話だとつくづく思い知りました。これでわが日本国は、福祉が充実していると言えるのでしょうか。私たち家族が在宅療養に入ろうとしている時、病院関係者から「家族が仕事をしていては在宅介護はできませんよ、絶対に」と自信を持って後ろの語句を強調して言われたことが今更ながら身に沁みました。
重度の障碍者も、安心して在宅療養ができ、その家族が身心ともに疲れることなく、一朝事があった時には、きちんと施設で受け入れてフォローしていただける、そういう体制が万全に整う事を祈ってやみません。
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次回更新は8月20日(火)、11時の予定です。