会社にいた時間のうち、打ち合せや会議の時は他の人と会話していたため気が紛れたが、自席に一人でいる時は、千恵の病気のことばかり気になって仕事が手に付かなかった。会社の人に涙を見せまいと必死に耐えていた。
でも、どうして千恵が……。神様を呪った。
娘はまだ小学六年生で母親を必要としている。順調にいけば、娘が大学を卒業するまであと十年余りある。大学を卒業したら、手がかからなくなり、趣味の旅行や余暇を楽しめると思っていた。まだまだこれからなのに。
いつまでも泣いてばかりいられない。乳がんになった原因を調べていた。
「平熱ってどのくらい?」と聞いてみた。
「三十五・五度程度」
千恵の体温はもともと低めで、代謝は良くない。娘の中学受験のストレスも溜まっているせいか、ここ一年程度は、喜怒哀楽が激しかった。がんにかかりやすいタイプに該当していた。
千恵が患った乳がんがどういう病気なのか? どんなことをすればいいのか? どうすれば、治癒できるのか?
インターネットで検索し、本も読み漁った。知識習得に毎日多くの時間を費やした。ただ知識を得ても、何の役にも立たない。それでもいい。分かっていながら、千恵のかかった病気がどういうものなのかを知らずに見過ごすことができなかった。
【前回の記事を読む】「あと、どのくらい生きられるかな?」MRIの結果を聞いて妻と肩を寄せ合い、一緒に泣いた
次回更新は8月15日(木)、16時の予定です。