午後〇時三十分。恵利子は、ミス松山の山中裕子とイベント会場の片隅で食事を摂りコーヒーショップでくつろいでいた。山中裕子にきいた。

「あの、裕子さん。船の世界でつかうドックってどういう意味なのかご存じですか?」

「ドックですか? ドックっていうのは新しく船をつくるか、船の修理をする場所ですよ。ドック入りとなれば造船所で船の修理をするのですよ」

「修理のことですか?」

「そう、人間と同じで医者にかかるようなものね。長いこと海を走り、ある期間が来ると船を修理するのよ。そうそう、車の車検みたいなものなのよ」

「そうですか。その修理は長いのですか?」

「詳しいことはわたしも知らないの。一週間や二週間ぐらいかかるのでないのかな」

船の修理なのか、それで二週間くらいかかる。しかし、その修理も終わりに近いのか始まったばかりかわからない。もしも始まったばかりならまだ期間はある。それなら大洲からここ多々羅に来ることもできる。

「北島さんどうしてそのようなことをきくの?」

「ただなんとなくきいてみただけなのよ」

その男が一瞬脳裏をかすめ、すこし動揺し視点が定まらなかった。

裕子は、前にいるうつむきかげんの恵利子の表情や仕草を見て、その動揺を見逃さなかった。ドックのことをきくとはなにかある。

「恵利子さんなにかあるわね。自然な仕草じゃなかったわよ。正直に話してくれない」

裕子さんも鋭いわ。恵利子は感心していた。

「わかりましたか。あのね、お昼前にとてもおおきな男性がわたしたちのテーブルに来たでしょう。覚えていますか? その男性とすこしお話ししたの。この近くの島にドックで来ているときいたの。それでドックとはなんのことだろうと思っていたの」 

はにかんだ様子の恵利子を見ていたミス松山の山中裕子はなにかある、心の動揺があるのを見越していた。また目が潤んでいるように見えて、はっきりとわかるような心のときめきを示していたのを感じていた。

「恵利子さん、ほんとうにただそれだけですか? なぜか目がすこし潤んでいるわよ。ほかになにかあるわね。隠さないで教えてよ」

うつむいたまま本音を言わずドックのことだけ教えてもらえればと思っていたが、鋭い、さすが同性である。観察力の鋭い裕子さんに観念するしかなかった。

「そう、わかりましたか? そのおおきな男性がとてもすてきに思えたの」

裕子は思いだしていた。はっきりときこえなかったが、恵利子さんとその男が自転車で今治に行くには時間がどうのこうのと話していたのを……。

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