特にお部屋掃除の○〇さんは週に2回、朝の5分だけ掃除して下さった関係性であったが、毎回短い言葉に最大限の愛情を込めて妻を励まして下さった。別れを惜しみ妻のために涙を流して下さった。

そして、ついに妻は病院の正面玄関から外に出た。季節は変わり寒気が身に染みた。しかし、その瞬間、御日様が雲を追い払うかのように、一筋の太陽光が差し込んだ。天からの温かい祝福に感動し、しばしお天道様にお礼を申し上げた。

病院に別れを告げ、自宅に帰る途中、1カ所だけ寄り道をした。

義母が死去した際にお世話になった火葬場はこの緊急病院に程近い。施設の中に入る体力はないため、妻を乗せたまま自動車で徐行しながら、ロータリーを1周だけ回った。

亡き義母に退院を報告し、命を救って頂いたことに感謝を申し上げ2人で合掌した。遺言によりお墓がない義母。こうすることがよいのか分からないが、なぜか心が落ち着いた。

自宅に着くと、妻は左脚を引きずりながら、1階の部屋を歩行器でゆっくり歩いた。「ただいま」と心の中で語りながら壁や柱を優しくさすって回った。

私は独り言のように「この家は全てお前のためにあるのだよ。お前がいないと家も寂しがる。今日からは誰にも気兼ねなく故郷でゆっくり療養しよう」と話した。妻の頬から一筋の涙がこぼれた。

【前回の記事を読む】骨盤・恥骨・仙骨を骨折した妻。トイレは1時間ごとに1日24回、介添え付きの日々

次回更新は7月29日(月)、16時の予定です。

 

【イチオシ記事】「気がつくべきだった」アプリで知り合った男を信じた結果…

【注目記事】四十歳を過ぎてもマイホームも持たない団地妻になっているとは思わなかった…想像していたのは左ハンドルの高級車に乗って名門小学校に子供を送り迎えしている自分だった