【第三章】

11 蘇れ左脚

■2021年12月4日

妻は痛みで昨夜も寝ていない。日の出とともにトイレと格闘したいと言った。上半身にはコルセットを装着。歩行器にしがみつき、10分間かけてベッドから立ち上がった。目標はわずか2メートル先の室内トイレ。

便座に座ると骨と皮だけになってしまった太ももの裏側に、U字型の便座が容赦なく食い込んだ。稲妻のような激痛が妻を襲う。声にならない悲鳴とともに妻は泣いた。同時に血圧も急激に下がり、トイレ内の手すりに寄りかかったまま気絶しそうになった。

私は慌てて妻を抱っこしてベッドに戻した。その瞬間、妻が骨と皮になって痛ましい状態になっていることを改めて体感した。

看護師から「腹筋や背筋を使用する排便の苦しみ以前の問題として、トイレに行くためには脚に最低限の筋肉がまとっていないといけない」と教えてもらった。

便座にかかる体重に太もも裏側の神経が耐え切れず、引きちぎられるような痛みは筆舌に尽くしがたく。

午後はリハビリ訓練室において、妻は左脚を引きずりながらも15メートル歩いた。明日を生きるために妻は懸命に取り組んでいる。そんな妻を全力で褒めてあげた。

■2021年12月5日

土曜の朝、携帯電話の動画サイトで、有名なボクシング映画のテーマソングを探して、室内で小さく流してみた。生卵ではなく、缶コーヒーを牛乳に混ぜて妻は少しだけ飲んだ。歩行器を使用しながら立ち上がり廊下での歩行訓練を再開した。