由比ガ浜(ゆいがはま)   兄十一歳・弟九歳

さて、主人公なる曽我兄弟が、曽我の屋敷に閉じこめられて出ることならず、昼夜ひたすらに復讐の念を燃やしていた数年間。

……この間、とりたてて変事も起こっていないので、その暇(いとま)に乗じて、仇工藤祐経(くどうすけつね)の過去を紹介しよう。

「そもそも、なぜ工藤祐経は河津三郎を殺害したのか?」

この殺害の原因については、曽我物語の第一巻や、伊東の伝承の中に詳細が書かれている。なかなか込み入っている上に、今なお不明点も多いので、ここでは重要な点だけを取り出して、手短にご説明しよう。

ことの始まりは、曽我兄弟の一門、伊東一族の血縁関係に端を発している。「伊東の一門広かりけり」と曽我物語にも書いてあるが、この連中、本当に数が多い。

伊豆半島中心に、うじゃうじゃと栄えまくっている(全員美形だったというが、本当だろうか)。この後、兄弟が主な親戚縁者を訪ね歩く場面があるが、数が多すぎて大体二か月くらいかかっている。多すぎるのも困ったものだ。

まあ要するに、こうした複雑で面倒くさい一族であることを念頭に入れておいてほしい。

では本題。兄弟のご先祖には工藤祐隆(すけたか)という男がいた。この祐隆、武勇に優れ、お金持ちだったのだが――どんな人間も欠点はあるもの。「このじじい、本当に曽我兄弟のご先祖か?」と疑うほど女癖の悪い奴だった。

ある時奥さんが亡くなってしまい、世をはかなんだ祐隆、「この上は嫡男の成長を楽しみに静かに暮らしていこう」

などと、しおらしく言いながら、その舌の根も乾かぬ内に後妻を娶り、その上あろうことか、このみずくさ後妻が連れてきた娘、水草の色香に溺れ切ってしまう。溺れるだけならまだよかったが――子供まで作ってしまうから、後が面倒くさいことになる。

老いてからの子はよほど可愛かったと見え、目に入れても痛くないほどの溺愛ぶり。何と、この子供、祐継(すけつぐ)に財産を全部譲ると言い出したのだ。

これには周囲も唖然呆然。この時、例の嫡男が急死しているけれども、もしかしたら親父の暴言が原因でショック死したのかもしれない。

侍たちは「そんなこと許せるか! 義理の娘に産ませた子だろう! いい年して恥ずかしくないのか!」と大騒ぎするし、死んだ嫡男の家臣たちも怒り心頭。

さてこの時、文句こそ言わなかったが、誰よりも根深く怒っていた男が一人いる。嫡男の息子、伊すけちか東祐親である。これこそ、曽我兄弟のおじいさん。

祐親は嫡男の息子なのだから、堂々たる嫡流。伊東の領土をすべて受け継ぐのは、この祐親のはずだった。