由比ガ浜(ゆいがはま) 兄十一歳・弟九歳
こうなると邪魔者は一人もいない。我が一念叶ったりと、祐親は伊東の領地を堂々と横領。一大勢力へとのし上がっていくのだった。が……工藤祐経もいつまでも子供ではない。育つにつれ、義理の父が自分に何をしたのか分かってくる。
「畜生、こんな道理の通らないことがあるか」
と、祐経は泣きの涙で、ご主人の平家やご公儀に訴訟。ところがどこに相談しても
「気持ちは分からんでもないが、そもそも祐親が受け継ぐはずの領土だろう?」
と、祐親に同情ぎみで、ほんのちょこっとしか領土を返してもらえない。
業を煮やして、「それなら力ずくで」と、一度は戦まで企てたが、これまた祐親の味方が多すぎてお話にならない。
こと、ここに至り、ついにキレた祐経。
「あのじじい、もう生かしておけぬわ。武士ともあろう身が代々伝えた所領を奪われるとは! 寝ても覚めても、この憤懣(ふんまん)やるかたなし。刺し違えてでも奴を冥途(めいど)に送らねば、このまま生きながらえても何の意味があろうか!」
こうカッコよく宣言するのだが、自分は京都で高みの見物。手下に弓矢で暗殺させたのは先述の通り。しかも殺せたのは祐親の息子の河津三郎だけで、当の祐親は元気に生き残った。全然無関係なのに、いきなり殺された河津三郎は、この作品中で最も不幸な男である。
――以上が現在分かっている、「工藤祐経、河津三郎殺害」の概略。