閑話休題  住居について

武家屋敷の作りは、主人の住む母屋が中心。これがバカみたいに巨大で、まるで王様みたいにドッカリと中心を占めている。その周りには、家臣たちの住む家がズラリ。

その他、倉(農民から取り立てる年貢をしまう倉)や馬小屋などが建っていた。この馬に使うスペースというのが、かなり広い。馬小屋だけでも大変だが、馬術を練習する馬場まで作っていたのだから……確かに三〇〇米は必要なのかもしれない。

さて、武家屋敷とは広さだけは大したものだが、お屋敷自体は割と質素。屋根は板葺きか草葺き。中の床も板間で、ぐるっと濡れ縁がめぐらしてあった。

ご主人の座るところだけ、畳がちょこんと敷いてあったらしいが、その他大勢は板の上でじかに座るか、円座(わらで編んだ、丸い座布団みたいな奴)で我慢する。……だから正直、死ぬほど寒かった。

暖房器具のない時代の悲しさ、皆、ありったけの衣装を重ね着することで寒さをしのいでいたらしい。

ところで皆さん、歴史の住居事情を聞くにあたって、学校の授業では絶対に教えてくれないけれど、どうしても気になって仕方がないポイントがあると思う。

「当時の人はトイレをどうしていたのか?」

キタナイけれど、人間も生き物である以上、衣食住と並ぶ切実な問題。ここは思い切って、詳しくご説明しよう。

歴史を学ぶ人々の間では、鎌倉時代とは、知る人ぞ知る一大革命の時代! 

何と、トイレとは鎌倉時代に発明された!

これには壮大なスケールの原因があって、この時代、「糞尿を肥料にすれば、一年に二回も作物が採れる」というアイディアが生まれたのだ。

これぞ、日本史のテストで必ず出てくる「二毛作」なり。この二毛作、同じ畑で二回も作物を育てるのだから、当たり前だがたくさん肥料がいる。そこで、皆の糞尿を一か所に集める個室、「トイレ」が発明されたというわけだ。