その前日は朝から落ち着きがなく、病室と家とを間違い、タンスどこに行ったんやろ。服が入ってるのに、今までそこにずっとあったのにおかしいな、とすっかり混乱している。
袋がないと言って引き出しの中の物をビニールの袋に入れたり出したりそわそわしている。ベッドのリクライニングが全く作動しないので看護婦さんに来ていただくと、電源がいつの間にか引き抜かれていた。
こうなると本当に目が離せない。勝手に杖なしで歩こうとしたり、集中治療の装置をいじったりする。何かしていないと落ち着かないらしい。
リハビリに連れて行くが、まるでよたよた。先生も驚かれ、危ないし出来る状態ではないと途中で切り上げたほどだった。
夜も引き続きひどく、午前二時頃まで意味不明のことを喋り続け、ごそごそとベッドの上で何かしていると思ったら、裸になっている。何をしてるのとあきれながらおむつをはかせパジャマを着せる。
「公ちゃん、うち、こんななったの罰が当たったんやろか」と今度は喋り始める。
「また、何でそんなこと言うの」と聞くと、
「うちがこんなに頭悪うなったんは、やっぱり罰が当たったんと思うわ」
「罰当たるようなことしたの」と私。
「いや、そんなことした覚えはないんやけど、そやなかったら何でこんな気おかしくなるんや」と聞かれる。
「育った環境とか性格とかのせいかもしれんね。おばあちゃんは一人っ子の一人娘。それに結婚言うても養子さんで外に出たことないから、家以外の場所に来ると不安やし気を使いすぎるんと違うやろか。どっちか言うたら、おばあちゃん内弁慶でしょうが。それに自分の思うようにしかしないでしょ。規則とかに縛られるのも嫌いやし。ここは勝手が出来へんもの。それがすごい負担になったんと違うやろか」
「確かにうちは気ままや」
「それと、ここでは私の言うこと聞かなならんでしょ。これもすごいストレスと違う?」と意地悪を言ってみる。
「そんなことないけど」と考えている。
「そういえば、おばあちゃんは前から神や仏なんか何の助けになるんや。金儲けさせてくれるか? 頼りになるのは自分だけやと言ってたよね。強い人やと思っていたけど、少し傲慢やったのかな」と言うと、
「神さんや仏さんにどうして謝ったらいいの?」と聞く。
「私もよう分からんけど、手を合わせてお祈りしたら心が穏やかになるかもしれないよ」
すると、寝たまま胸の所で手を合わせている。
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次回更新は7月24日(水)、14時の予定です。
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