第一章 嫁姑奮戦記

十八年前のことである。二、三日前から姑の右額に出来た湿疹はひどくなるばかりで、右目までふさがりかけている。ひょっとしたらヘルペスというものではないかと思ったが、本人は一向に痛がる様子もなく「放っといたら治る」と言い張るのでまかせていたが、やはりただならぬ状態になってきた。

嫌がるのを無理やりかかりつけの医院に連れて行く。先生は一目見るなり「ヘルペスやな」と診断を下して薬をくださる。二日投薬するがひどくなる一方なので、N病院の皮膚科を紹介される。

土日を挟んで月曜に行く頃には右額は粟状のぶつぶつでこんもりと盛り上がり、左目もふさがりかけ、まるでお岩さんのようである。本人は周囲の目を気にする様子もなく、大病院に圧倒されたのかおとなしく待っている。

皮膚科のK部長は温厚かつ親切な先生で、ほっとする。顔のヘルペスは脳炎をひきおこしたり、耳にうつると難聴、目にうつると視力低下をおこしたりする厄介な病気らしい。約一週間入院して点滴治療するほうが早く治り予後もいいでしょうと、言われる。

早速血液や尿の検査をする。今回は手術もなく短期間の入院だし大丈夫と思ったが、八年前、胃潰瘍でT病院に入院した時のことを先生にお話しする。初日の晩から幻覚幻聴があり、病棟をパニックに陥れ、二度脱走をはかり終には入院を断られたことなどである。

昼食も食べず、入院の手続きをしたりして部屋に落着いたのは午後四時過ぎ頃、姑の性格を考えて個室にする。トイレ、冷蔵庫、テレビ付の広い部屋だ。

「おばあちゃん、ちょっとしたホテル並みやないの。いいわア」と言ったが、姑は自分の手提げ袋の中味を出したり入れたりする行為を繰り返している。かなり動揺しているようだ。