第一章 嫁姑奮戦記
テレビのドラマがそのまま妄想になったりすることが以前も何度かあった。
「うち、あんたに腹立ってるねん」と突然言う。私にしたら何のことやらさっぱり分からず、「え? 何で」。
「あんたな、うちがお金取ったと皆に言いふらしたやろ。そんな恰好の悪いこと言わんといて」と穏やかな姑らしくもなく、えらく怒っている。
「ごはんもいらんで!」と重ねて言ってぷいと向こうを向いて寝る。
つい今しがたまでサスペンスドラマを見ていたが、そういえば、その内容がお金にまつわる内容で、取ったの取られたのと男女三人が争っていた。それが妄想になったのか。
「おばあちゃん、今見ていたテレビとごっちゃになってへん? おばあちゃんがお金なんか取る人やないこと私が一番よう知っているし、誰かがお金取るなんて考えたこともないわ。疑われて頭にきたことはあるけどね」とちょっぴり嫌味も付けて言う。
「とにかく、腹が立ってしょうないねん」と夕飯が来ているのに見向きもしない。
姑はお金にかなり執着があり、以前も何度かお金がないと大騒ぎしたことがある。
結局は自分の思い違いだったのだが。私たち夫婦はお金でこうも人格が変わるのかと驚き、信頼されていないのかと情けない思いもした。周囲を疑う前にどうして自分の物忘れを疑わないのか、ひょっとしたら痴呆の始まりかと夫婦で暗くなったこともある。
二十年くらい前からこの癖には悩まされていたので、そんなことまで思い出されてだんだん腹が立ってきた。錯乱が未だに続き妄想の中に居ることは百も承知だが、私も普通の人間だ。
そこで大人気ないことだが、「そう、そんなに私に腹が立つのやったら、私どこかに行くわ。勝手にしたら」とロビーでしばらく過ごす。ほったらかしには到底出来ないので、看護婦さんに事情を説明して覗いてもらいはしたが。
戻ると、「気い悪うしたやろな、ごめんな」と謝ってくれる。大人気ない自分を反省してご飯を食べさせる。元々争いごとの出来ない人なのだ。
外泊が月末の土日と決まった。