たぶん、妹が頑固な父を説得しているのだろう。妹は、高校を卒業したら東京の大学へ行きたいと、親と顔を合わせる度に言っているくらいだから。

「ほら、早くしなさいよ!」

キッチンの方から、僕に向かって母が大きな声を上げている。これが、当時の我が家の朝の光景。

そのような母の声など無視して、僕はすかさずテレビをつける。

……それが〝ささやかな楽しみ〟。毎朝、登校前に流れる朝のワイドショー。その番組内の『占いコーナー』に何故かハマっている自分がいた。理由は特にない。

偶然に見かけた時から、何となく気になっていただけ。それでも、その『占いコーナー』を観ないことには、その日は始まらないような感覚になっていた。お蔭で、遅刻とは無縁にはなった訳だが。

その朝は、まだ知る由もなかったが、彼女が自分のクラスへ転校してきた、まさにその日の占いコーナー。

恋愛運は……『絶不調』『新しい友人に要注意』。

その時期に新しい友人などあるはずがない。「まぁ、こんなもの」とは思いながらも、これが毎朝のささやかな楽しみとなっていた自分。

口が裂けても誰にも言えなかったけれど……。

学校へ行っても教室は、いつもと変わらない朝の風景。

「お〜っす」

「よう」

そのような会話が飛び交っている四分の三が男子の教室。その中の女子といえば……教室のど真ん中に陣取っている。どういうわけか、既に〝男扱い〟されていない教室の男子など、完全にスルー状態。

流行の雑誌に群がり、なにやら知らない単語を並べては騒いでいた。たぶん、ファッション系の雑誌だろう。その雑誌に載っている人気モデルらしい名前や洋服のデザインらしき単語の応酬。

まぁ、そのような雑誌に夢中の女子が、田舎の高校のしがない男子に目を向けるはずもないかと自己完結。少し、アイドル系の容姿をした男子が数人、その仲間に入って一緒に騒いでいる。全く意味が通じずの自分には無縁の世界だ。

「なぁ! お前、今日、転校生が来るって知ってたか?」クラスでも情報通で有名な友人が話し掛けてきた。

彼は、中学からの親友。小野という奴で、中学時代から何かと学校内の情報を何処からか仕入れてきては、周りよりも早くにその情報を教えてくれていたものだった。とはいえ、軽率な言動など一切ない奴で、どちらかといえば硬派な奴だ。

色々な面で自分とは正反対の性格といっても過言ではない小野とは、高校になっても変らずに親友でいる。

「今頃か?」

「ああ」

「どうせ、また野郎だろ」

「それがさ……」

そう言うと、小野は耳打ちしてきた。

「まだ誰にも言うなよ。女子だってよ」

「へ? 女子?」

思わず、少し声を大きくしてしまった僕に、小野は「しっ!」と人差し指を口に当てていた。

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