【前回の記事を読む】「学校で…私が妊娠したとか…噂あるでしょ?」彼女は小さい声で呟いた。事実を知りたい。でも…

第一章 コスモスの頃

三.真実

「え?  なに?」

「いっちゃったの……あの空の向こう……上……」

『いっちゃった』の意味……二つある。

空の向こうということは、外国へ行ってしまった?

それとも……上……逝った? 聞けなかった。

「二カ月前、突然ね……いなくなっちゃった」

そう言うと、空に顔を向けたまま、彼女のその大きな目から、一筋の大粒の涙が流れ落ちた。

意味がわかった。

「……どうして……?」

「事故だった……バイクで対向車と出会いがしらに……」

このような場合の答え方などわからない。〝友人〟と呼べる間柄でも、そのような話を聞いたことさえ初めて。

それでも、自分がかなり情けなくもあった。

男として? 人として?

偶然持っていたハンカチを彼女に差し出したのが精一杯だった。

「ありがとう」そう言うと、彼女は僕の差し出したハンカチを受け取ると、その涙を拭った。

少しの沈黙。

「ちょうどね、私と待ち合わせしていた時だったんだ」

「……」

「遅刻するのはいつも私だったのに……ずっと来なくて……そしたら携帯が鳴って……」

「……うん……」

「何か、ドラマとかにあるパターンだよね」

無理して笑って見せたような彼女の目には、まだ涙が溜まっていた。

「無理して……」

その後、「笑わなくていい」と続けようとした僕の言葉を遮るように彼女は続けた。

「だからね、父の転勤を機に……こっちの親戚のところへ来たの」

僕には、その大きな目に溜まった涙を流さないようにと頑張っているようにも映っていた。

それでも、気の利いた言葉が見つからない。

「お昼休み……加納君に叱られたでしょ?」

「あ……ごめん……」

「噂が立ってるって聞いて……予備校の講師……しかも妊娠して……それで、こっちに来たって……」

「……」

「妊娠してた方が、まだよかった」

「安藤さん……?」

「だって……そうだったら、彼、生きてるってこと……」

何も言うことができない。

「もう会えないんだったら……事故現場……見るくらいなら……」言葉になっていない彼女。

「だったら……」

それきり、彼女は下を向き、僕が渡したハンカチで顔を覆ったままだった。

ただ、すすり泣くような声が聞こえていただけだった。僕は、そのような彼女を目の前にして、相変わらず、何も言えずにいた。夕方の冷たい風が吹き、その寒さが増しているだけ。

思わず、隣で肩を震わす彼女を自分の方へ引き寄せていた。華奢に見えた彼女ではあったけれど、想像以上に細い肩をしていた。

『こんな細い身体で……そんなに辛い思いを抱えていたんだ』

彼女も僕に躊躇いもないように寄り添っていた。たぶん、亡くなった彼のことで頭がいっぱいなんだろうと思っていた。

「泣いていいよ」

僕は、それだけの言葉をかけるのが精一杯だった。

そして、まだ誰も知らないであろう彼女の真実を知ることとなった。