【前回の記事を読む】僕は自動販売機で温かい紅茶を買って渡した。それを受け取った彼女は、昼休み以降、初めて僕に向かって笑顔を見せてくれた

第一章 コスモスの頃

三.真実

「そっか」

何となく理解はできた。しかし、東京にも親戚がいるのにと思うと、そこは理解し難かった。ただ、彼女の様子から、そのことを敢えて聞ける雰囲気でもなかった。

また夕方近くの冷たい風が一筋吹いた。

「あと……」

「ん?」

「もうひとつ……」

少し時間を空けたと思うと、かなり躊躇うように口を開いた彼女だった。

僕が買ってきた紅茶の缶を握り締めたようにも見えた。

一瞬、強い風が、うつむき加減の彼女の顔にかかった髪の毛を揺らした。小さく深呼吸をしたような感じの彼女。僕は、その沈黙の時間、ただ彼女が口を開くのを待っていた。

「学校で……」

彼女が小さい声で呟いた。

「……私が妊娠したとか……噂とかあるでしょ?」

そう言うと、更に首をうなだれた。僕は、その様子を見て、噂が本当のことだったのかと感じていた。一種のショックを受けた感覚ではあったが、この小さな町だからではなく、正真正銘の美人だし、何処に行ったとしても男性は放ってはおかないはず。そのようなことがあったとしても、ある程度は頷ける話。

ただ、その〝美人〟の中に気品のようなものを持ち合わせていた彼女。なので、〝妊娠〟などということとは縁がないと心の何処かで思い込んでいたのは確かなことだった。例え、どのくらい多くの男性と付き合っていたとしても、〝妊娠〟――それだけは想像することは難しかった。いや! 想像したくなかった。

その時の自分に、彼女に対しての恋愛感情があったかどうかは定かではない。それでも、最初に抱いた〝彼女のイメージ〟みたいなものを崩したくなかった。そのような感覚であったことは事実。そう言った彼女に僕は何も言うことが出来ずにいた。

「相手は予備校の講師……とか……でしょ?」彼女は、ちらっと僕の方を見た。

「あ……うん……まぁ、そんなことも……」

否定するわけにもいかず、曖昧な返事しかできない自分。

「モデルだったとか、担任と恋愛関係になったとかね……」

「……」

「そういうことだったら、笑って否定できたんだ」

『そういうことだったら?』

「でもね……予備校の講師って言われた時は……」

それきり、また彼女は黙ってしまった。ずっとうつむいたまま、顔を上げようとしない。