夕方の冷たい風が彼女に容赦なく吹きつけているようにさえ見えた。それを言うために自分を誘った彼女がいたこともわかったし、それでも尚、躊躇っている彼女の心情を察するには余りある状況。

事実を知りたいという気持ちと、〝妊娠〟という言葉はそれ以上、彼女の口からは聞きたくないという気持ちが交錯していた。それでも、そのような彼女の様子を見ていた僕は、昼休みの時のようにイラつくというより、〝楽にさせたい〟という気持ちの方が強く働いていた。

「いいから、言っちゃえよ」そう口にしていた。

「そうだよね……ごめん……妊娠なんて……それはないから」

「……そうなんだ……」

かなりホッとした自分がいた。

とはいえ、まだ彼女の様子は苦しそうだった。

「でも……」

「でも?」

できるだけ優しく話し掛けたつもり。

「予備校の講師っていうのは……嘘……でもない……」

「どういうこと?」

彼女は、もう一度、深呼吸をするようにしてから話し始めた。ずっと、うつむき加減だった彼女は、もう薄暗くなりかけた空を見上げていた。

「東京で……予備校の講師の人でね、付き合ってたの。高二の時から」

「うん」

努めて冷静に装った。考えてみれば冷静に装う必要もなかった。しかし、何故か、彼女と付き合っていた人がいたということを直接聞いて、一瞬、動揺にも似た感覚を覚えた自分がいたため無意識にそうさせたのだと思う。

とはいえ、自分だって付き合っていた子くらいいる。モデルだったなどと噂が立つくらいの美形なら、全く不思議はない。逆に、誰とも付き合ったことがないと言われた方が、よほど不自然ということも解っていたはずだけれど……。

「でもね……いっちゃったの」

「ん?」

「あそこ」

彼女は見上げていた空を指さした。

 

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