四.約束

その夜、僕はなかなか寝つくことができなかった。

彼女の真実を知ったということもあった。しかし、自分の腕の中で泣いていた時間を思い出すと、かなり複雑な思いがあった。恋愛感情とは、まだほど遠いことは確か。それでも、教室で毎日のように隣の席にいるのにもかかわらず、いつも遠くから眺めているような感覚だった彼女が自分の腕の中であんな風に……。

彼女自身は、未だ亡くなった彼のことで気持ちに余裕などないことはわかっている。それでも、自分だって男だ。あの公園で、ひとしきり泣いた彼女が顔を上げた時、その大きな目に光った涙に惹かれた自分がいたことは否めない。

彼女が僕の腕の中で泣き止んだのは、もう辺りが暗くなった頃だった。

冬になれば、辺り一面、雪に覆われるくらいの土地。秋とはいえ、かなり冷たく感じられる。

また、一瞬、強い風が自分たちに吹きつけた。その風に我に返ったような彼女だった。

「あ……ごめんなさい……もう、こんなに……」

僕の腕の中から顔を上げると、辺りを少し見回したような感じだった。

「いいよ。大丈夫?」

「うん……ほんと……ごめん……」

貸したハンカチを「洗って返すから」と、彼女は自分の制服のポケットに入れた。

「いいよ、そんな……」

そう言った僕に、少しだけ微笑んで首を振った彼女がいた。

その微笑みに安心した自分もいた。

「どうして、僕に話したの?」

「どうしてかな……叱ってくれたから? 昼休み……」

「へ?」

「みんな……男子……なんだか、私を避けてるみたいだし」

「あ! それは避けてるんじゃないから!」僕は少し慌てた。自分も思い当たるから。

「そう?」

「そうそう。安藤さんが美人だからさ。慣れてないだけ」

彼女は笑い出した。

「だって、クラスの女の子、皆、可愛いじゃない」

「安藤さんは別格かもね」

「変なの」

「男なんて、そんなもんだし」

僕のその言葉に彼女から返答がなかった。

「ん?」

「私、女子高だったの。だから、なんとなく……頼りたかった……とか……」

一瞬、亡くなった彼氏と重ねられた気持ちにはなった。しかし、それでもいいと思っていた。それで彼女の気がすむのなら……。

もしかしたら、そう思えた自分は、既に彼女に恋をしていたのかもしれない。その時は、全く、その感情に気づくことはなかったが……。

 

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