だがそれを吐き出すまでもなかった。肋骨の間からもやもやと煙が立ち昇ったのだ。煙草がきつかったのか目玉をくるくる回し、鼻の穴といわず耳の穴といわず、頭蓋の継目からも青白い煙が棚引いた。
渋谷医師は一瞬呆気に取られたが、次いで腹を抱えて笑い出した。
「アハ、アハハ、ワアッハハ、ワアッハハッハァ」
可笑しくて笑いが止まらなかった。釣られて骸骨までがカラカラと笑い出し、二人の笑い声が夜の診察室に響いた。
その時ドアが微かに軋んだ。ゆっくりとノブが回りカタと音がして停まった。「ちっ」と小さな舌打ちが聞こえた。暫らくするとドアがミシリと音を立てた。誰かがドアに身を寄せて立ち聞きを始めたらしかった。だが中の二人は全く気がついていない。ドアの外の人物は息を潜めて様子を窺っていた。
渋谷医師は煙草を吸いながら、何気なくラジオのスイッチを入れた。ラジオから男と女の声が流れ始め、外からでは誰の声だか判別がつかなくなった。
「ちっ、感づかれたかな?」
男はそう呟くとドアから身を離した。
「なあに、そのうち‥‥尻尾を出すさ」
そう言うと忌ま忌ましそうに顔を歪めた。そしてやや暫らく未練気に佇んでいたが、やがて足音を忍ばせて二階の方へと戻っていった。
渋谷医師はラジオの音楽に合わせて鼻歌を唄いながら、コーヒーを落とした。いい香りが部屋中に拡がった。
「ところで、君は一体どんな仕事ができそうなんだい?」
「ハア、手先ガ器用ナヨウニ思ウノデスガ‥‥」
そう言って骨だけの細い指を差し出した。見ようによってはピアノでも弾けそうだ。
「力仕事ニ関シマシテハ、コノ有様デスシ」
成程その体格では荒仕事には向いていないだろう。
「ソレニ、ズット立チ詰メデ学校ニハ行ッテマセンノデ‥‥」
そうゴニョゴニョ言うと首を傾げてしまった。
考えてみれば前途は多難だった。この骸骨を上手く仕上げても、社会へ送り出すには相応の苦労があるはずだった。渋谷医師は二三の知己の顔を思い浮べていたが、ふとあることに気づいて愕然とした。履歴はどうすればよいのだろう。
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次回更新は7月26日(金)、11時の予定です。
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