それでも翌日、僕の足は約束した待ち合わせの改札口に向かっていた。オレンジと濃い緑色の車両に揺られ二時間かけて訪れた絶壁は、見上げるだけで首が疲れた。

「ここで何をするって?」

高さは優に三十メートルを超えていた。

「まぁ、見てろよ」

高橋はロープを肩に掛け、ハーケンを岩に打ち込む。だが打ち込めない。さらに岩の割れ目を見つけて打ち込む。でも打ち込めない。顔を真っ赤にして力まかせに打ち込む。それでも打ち込めない。

結局高橋は切り立つ岩壁にカエルのように二十分ほどへばりつき、「駄目だな」と簡単に諦めた。

なぜか高橋とは話が弾んだ。

「結局何がしたかったんだ、お前は」

「思い出づくり」

「馬鹿なの。一八六〇円も出して、何でお前とうすら寒い思い出を作らなあかんの」

「ケチ臭い奴だなぁ、この前コーヒー牛乳おごったろ」

人と打ち解けて言葉を交わすのは何年ぶりだろう。帰りの電車の中に、いつもと違う僕がいた。不思議と気が合い心の許せる高橋は、僕の壊れた世界を少しずつ修復してゆく。

高橋は身長も高く、ルックスも良く、身体能力にも恵まれていた。僕と違い、人付き合いにも長けていて、スペックの高さは彼の方がはるかに上だった。ケンカも日常茶飯事で、一緒に歩いているだけで他校の生徒にからまれた。

高橋には二人の兄がいて、一人っ子の僕とは違う、随分大人びた世界を持っていた。

初めて彼の家にお邪魔した時、当たり前のように兄貴の部屋から灰皿を持ち出し、彼は慣れた手つきで煙草に火を点けた。僕が初めて飲んだアルコールも彼の部屋で勧められたウィスキーコークだ。

こうして僕は高橋に感化されてゆく。高橋から受けた影響で、一番大きかったのが音楽だ。ヘッドホンの大音量でディープ・パープルの「ハイウェイスター」が耳に飛び込んだ瞬間、鳥肌が立った。リッチー・ブラックモアの破壊力のある圧倒的なギターソロは衝撃だった。