長瀬 律
二
学生運動が終焉し、学生街をノンポリと呼ばれる若者たちが席巻する。この時代に「三無主義」という言葉が流行った。
無気力、無関心、無感動。
すべてを否定的に捉える虚無主義とも違う、否定するエネルギーさえも持ち合わせない、いわゆるしらけ世代と呼ばれた若者たちだ。青年期の僕は、まさに三無主義という言葉がしっくり当てはまった。
教室の片隅で自分が座る空間さえあればそれで十分だった。何かに熱中する友達が疎ましかった。クラスの輪の中に入るのを拒み、人に話し掛けられるのさえ避けたいと思った。
公立の進学校で成績は悪くなかったし、親に手を焼かせることもなかった。ただ何事にも関心が湧かず、すべての出来事に傍観者であることを願った。
そんな僕を大きく変える人物が現れる。高橋哲哉という男だ。同じ国公立大文系の選択で、二年生からクラスが同じになった。
雨が降る昼休み、高橋から不意に話しかけられた。
「長瀬はスペックが高いのに、何かもったいないな。これお近づきな」
端正な顔立ちの口角を上げ、長い指でパック入りのコーヒー牛乳を僕の目の前に置いた。
こうして高橋は、軽やかな風を伴いながら、淀んだ僕の世界に突然流れ込むように侵入してきた。
初めて会話を交わした夜、電話で誘いを受けた。
「明日、ロッククライミングに行こうぜ」
「はい? 」
「ロッククライミングだよ。むき出しの岩壁に登るの」
「そんなのやったことない」
「俺もない。崖に行くのに往復で一八六〇円かかる。金がないなら貸すぞ」
「いやいや。そうじゃなくて」
「一人じゃ、やばいんだって。落っこちた時、誰かいないとまずいだろ」
今でこそボルダリングと呼ばれるスポーツに変わったが、その当時の高校生で、休日にわざわざ岩壁にへばりつきに行く物好きなどいなかった。