第二章 飛騨の中の白川郷
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「そうですか。でも、もう充分です。これで、世界遺産白川郷の経済基盤は何だったのか、という謎がようやくわかりました。記事にするには、あとは、これを裏付ける科学的なデータだけです」
「ああ、それならね、G大学の馬地教授が土壌菌の働きで塩硝が出来る実験もしているし、白川郷の床下の土の採集もして成分も調べているよ。教えてもらえば。紹介するよ」
篠原はこんなに話がとんとん拍子に進むとは実にラッキーだと喜んだ。しかし次の瞬間、
「でも、篠原さん、塩硝造りの科学的な実証は今回初めて馬地教授が明らかにしたんだけど、塩硝造りそのものは、五箇山では、みんな知ってることだよ。塩硝の館っていう展示館もあるんだから。白川郷では知られていなかっただけなんだ。
江戸時代、五箇山には塩硝造りの元締めで、塩硝王って言われた藤井家って、もの凄い金持ちもいたらしいよ。金沢の色街で、藤井のダラ息子三人が、敷き詰めた豆腐に金をまいて女たちに拾わせたとか、バカな話が残ってるよ。だから、塩硝造りは、謎ってほどのものではないよ」
志田は淡々と言った。
そして、「五箇山の塩硝の館、行ってみたら? 入口から塩硝塩硝って書いてあって、全然謎じゃないから。冊子も出てる。えーと」
志田は机の引き出しを開けて、『五箇山の塩硝作りの研究』と書いてある簡単な冊子を探し出し、篠原に渡してくれた。
「ええーっ、これは! 全部書いてある!」