第三章 白川郷の秘密
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次の日の朝、篠原は一時も早く伊島に会わなければ、と思った。伊島の手がかりは、伊島という名前だけだったが、そこは何と言っても、全人口二千人ほどの村のことだ。誰に聞いても、わかるはずだった。
中でも尋ねるのに一番ふさわしい人を篠原は思い浮かべた。村に一つだけある郵便局の局長の太田だ。太田は河田の幼友達で、河田の合掌で何度も一緒に飲んでいる。郵便局に入ると、
「や、篠原君、ようござった(来た)の」
太田がすぐに声をかけてくれた。篠原はさっそく伊島のことを聞いた。
「ああ、伊島の爺さんね。おるよ、というか、おったよ」
なんともう初七日も済んでいたのだった。やはりそうか、篠原は血の気が引いた。
「伊島さんの奥さんは? 高山の病院に入院してた奥さんは?」
「奥さんも亡くなったよ。ていうか、奥さんが先に亡くなったんや。そんで、爺さんがあとを追ったっていうか。ま、そういうことや」
緑川の言う通りだった。伊島は、やはり死んでいた。伊島は六十二年間黙っていたことを、篠原に話した。すでにその時、奥さんは長くないことがわかっていて、実際その二日後に奥さんは亡くなり、次の日に伊島はあとを追って死んだというのだ。
伊島は死を覚悟していたからこそ、篠原に話したのだ。たまたま新聞記者と隣り合わせたのを縁として、ここにこんな男が生きていた、と最後に一言、残しておきたかったのだろう。どうして気が付かなかったのだろう。