第三章 白川郷の秘密
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篠原は、緑川に伊島死亡の報告と、やはりこれまで通り塩硝生産のことを書ければ書きたいということと、そのための八月上旬の白川郷長期取材の了解をもらいに飛騨支局にいったん戻った。
篠原は、気が重かった。緑川の推察通り伊島はすでに自死していたし、それもわからず後手に回った篠原の新聞記者としての甘さを指摘されると思っていた。
そんな記者に長期取材は許可しないと言われるに違いないと思っていた。しかし、緑川は篠原に何も言わなかった。
それどころか、緑川は、「連載物は、当初の予定通り、塩硝生産でまとまるんじゃない? 富山では周知の事実でも、うちの岐阜版じゃ初めてだよ。
今回の篠原君のお手柄は、教育委員会の人とG大の馬地教授の、土壌菌の働きで尿や草の窒素分が硝酸に変化する、という科学的な実証に行き着いたことだ。これで、記事に出来るんだ。
これは富山県側でも同じことで、今まで周知の事実であっても、科学的な裏付けが発表されるまでは、ただの言い伝えだ。裏付けが取れてない段階の記事は、まともな記事とは言えない。
だから、篠原君が書いたものが日本で最初の、塩硝生産についての正式な記事になるということだ。いい連載になるよ」
明るく背中を押してくれたのだった。
篠原は緑川に励まされて、再び白川郷に向かった。来年の二〇〇八年には高速道路が出来て、三十分ほどで行き来が出来るようになる。昔を考えると夢のような話だろうと篠原は思った。