川鉄を覚悟の退職
やっていけるだろう。まだ三十代になったばかり。人生をやり直すなら今しかない。そう思い出したら、自分の気持ちを抑えられなくなった。
自分で言うのもなんだが、私はそれなりに人とコミュニケーションを取るのはうまいほうだと思う。人間関係で苦労したことはそれほどない。人に使われるのはもうたくさんだ。
どうせなら、自分で商売でもしてみようかと思い至る。そう考えてみると、東京を中心とする首都圏では、どんな仕事でもライバルが多くて大変だろう。どうせ一からスタートさせるなら、地元の熊本でやってみようではないかと考えた。
仕事帰りにたまに寄る飲み屋の中に、全国規模のチェーン店があった。こんな店をやるのもいいかもしれないと思い立ち、都内の本部まで訪ねていった。
「自分はこれから熊本に帰ろうと思う。熊本でお店を開かせてもらえないか」
「熊本にはまだお店はないから、ぜひ出店してください」
面談してくれた部長は大乗り気で、そう言ってくれた。
しかしよくよく考えてみると、自分にはお店を経営した経験もない。熊本に一軒もないというのは、こちらのように「あっ○○○だ。入ろう」というような知名度もないということになる。チェーン店のフランチャイズ店を開くには、契約料も必要だと聞いて、結局はあきらめた。
だが、行動しながらいろいろと考えているうちに、どんどん気持ちは本気になっていく。よし、覚悟を決めた。具体的な仕事は後で考えるとして、とにかく熊本へ戻ろうと、まずは妻に告白する。
彼女にとっては青天の霹靂であっただろう。まだ結婚して一年あまり。家を建ててから間もない。ずっと千葉で暮らしていくものだと思っていただろう。
妻は当然、自分の家族に相談する。するとみんな大反対し、彼女の母親などは、別れて子どもを連れて戻ってこいとまで言ったらしい。それでも最終的には、一緒に熊本に行くことを了承してくれた。