空色よりも少し緑掛かった平静の海の色から、濃い群青とビールを注いだ時に出る真っ白な泡の混じった異空間に化けた。
「逃げよう」とそんな風にお父さんが言う。お父さんもお母さんも岸から離れようとしている。
「あ、あぶないわよー、康一朗! 波! 波が」
お母さんの声が届くか、その前か。お兄ちゃんは忙しく上半身をくねらせながら、海から反対方向に慌てて戻ってきた。
「バッシャーン」
海に鯨が降りる音がした。
私は少し嬉しくなる。(見たことない。見たことない。こんなの、見たことないもん)おばあちゃんの手を握った。
海は音よりも先に波の形を収めようとしている。確かに見た。鯨のような生き物が飛び跳ねてそして海に戻った。
水しぶきは雨上がりと同じにすぐに止みそうだ。海岸に「バシャバシャ、カサカサ」と水が落ちてくる音が鳴る。大きめの波が寄せる。でも逃げ腰だった両親もお兄ちゃんも波にさらわれるほどのことはなかった。
「ひゅーーぅーん」
(えっ?)私が見上げると左の岸に何かが飛んできている。小さな形。丸っこい。
「ザッ」と海岸の砂に刺さった。
「おばあちゃん、ちょっとここで待ってて!」
そう一方的に言って、その落下物に向かって私は駆けた。
【前回の記事を読む】どこに向かっていると聞かれたら、「戻れない旅」って答えちゃいそうな雲が空の方には見えてた。
次回更新は7月17日、11時の予定です。