五十メートルくらい先の海の表面が盛り上がる。その時間は一瞬に過ぎて青緑色の海は白い泡の集合体に化けた。
盛り上がったその白い泡の集合はジグソーパズルがバラバラになって落ちる時のようにその頂上を開けると黒い物体が突き上がる。
風は生まれていたか。定かではないが体が何かの圧力で押される。瞬きをしたくなったが目は光景を逃すまいと閉じるのを我慢し続けた。
「な、なに?」
黒い大きな物体は十メートルくらいだろうか、空に向かって上がったと思うと静止した頂点で体を捩らせた。
クリエーターが人工的に作った映像作品のように回転しながら空色部分に水を撒き散らす。花火のような勢いとそれの低い鳴き声が私の体も吹き飛ばしそうに揺らした。
「なに、今の……。動物?」
「鯨だ!」康一朗が声を上げる。
(くじら……)
お父さんが後退りしながら容赦なく尻餅をつくのが斜め左の視界に入った。普段だったら、「なんてダサイの!」とでも言ってしまうだろうが、私もそれどころではない。目の前の様子はこの世の物とは思えなかったから。
そして、口を開けたままのお兄ちゃんの表情も視界に入っていたが、それよりもその躍動に目を奪われている。
跳ねた!
水しぶきが大波と一緒に向かってくる。
腰を抜かしたお父さんが起き上がって後ろに駆け出す時には、もうスコールのような水しぶきたちが私たちの海岸まで降ってきていた。波までは距離があってまだ安全な場所にいる。そう思ったが青緑色は濃い色になって寄せてくる。