目的の物は手に入れることはできませんでしたが、私は父といられることが嬉しくてうきうきしていました。その時、目の前を少し臭い動物が横切っていきました。父が狸だと言いました。

車内の空気が少し変わったように感じ目が覚めました。車内が一層臭くなっていたのです。夢の中の狸と同じ臭いです。

運転手を見ると、頭から首筋、ハンドルを握る手が茶色い毛に覆われています。運転手の顔の横からは3本の毛が生えているのが見え、朝日を受け白く光っています。どう見ても狸のようです。

「運転手さん」と私は声を掛けました。ギクッして私を振り返った姿は人間に戻っていました。

「お客さん、済みません。私は実は狸なのです。人間に化け続けるのにはかなりのエネルギーがいります。疲れます。どこかで、一休みしたかったのですが今日は朝から忙しく休憩を取る暇がありませんでした。お客さんが熟睡しているのでしめたと思い狸に戻ったところを見られてしまいました」

「そんなことだったらもう少し寝ていれば良かった。少しは疲れが取れましたか」

「有り難うございます。随分楽になりました」

「住まいはこの近くですか」

「あまり話したくはありませんがこの近くです」

「多分、浅川の土手あたりですね。丈の高い枯れた雑草で覆われ子狸が遊んでいても見つからないし、餌も川で小魚が捕れますね。それから、私の経験ではこの河原には蛇が沢山いますね」

「穴に住むのはやめて、今は廃屋に住み着いています。陽当たりは良いし、風通しは良いし、湿気はありません。年寄りは膝の痛みが取れて歩けるようになりました。

それは良いのですが、認知症があり、昼間、徘徊し人間に見つかることが心配です。子供達の皮膚病も治りました。蛇は、何しろ狸の所帯数が多いのでなかなか口にすることはできません。

子供達に与えたくないのは、人間の残飯です。物価高で残飯が少なくなっています。子狸は脂の乗った青大将など気味が悪いと言って食べません。野生の動物は野生の物を食べないと生きていけないのです。

子狸の好きなのはカツサンドですが、いつも手に入るものではありません。クリスマスの後は毎年顔にクリームを付け、舌舐めずりをし、満足し切って帰ってきます。子供の頃からこんなものを食べていると肥満、高脂血症、糖尿病、高血圧など人間の罹る成人病になるのではないかと心配です」

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