第一章 認知症におけるEQ

EQを用いた介護の必要性

 待合室で「〜〜だから〜〜してね」としつこく娘さんがお母さんに説明している声が聞こえます。お母さんはしっかりとした顔つきでうなずき、「わかった」と言っていることでしょう。でも悲しいことですが、結果はわかっています。

次の瞬間には忘れていることがほとんどなのです。なぜこのような問題が繰り返されるのか、それは私達がついつい無意識のうちに患者の知性(IQ)に頼ってものごとを解決しようとするからなのです。

認知症という病気とうまくつきあうためには、誰もが年齢を重ねていくということ、そして誰しもIQを徐々に失っていくという事実を受け入れ、直視しなければなりません。

私は「ご本人にとって何ができるかはそれほど重要ではないと思いますよ。それよりも認知症になって不幸になったと思わせること、そしてご家族がそう思うことが問題なんです。

ご本人が『ハッピーかどうか』が問題です。大変だと思いますが、ご本人の気持ちを察して幸せを感じるようにもっていってあげましょう」とその度に説明してきました。

私は、今までの臨床経験から無意識のうちに「気持ちを察すること」が患者本人の幸せにつながると直感していたようです。この感覚が私に認知症診療におけるEQの重要性を気づかせてくれました。

IQとEQ

1995年、ジャーナリストだったダニエル・ゴールマンが『EQこころの知能指数』という本を発表し、世界中で大変な話題となりました。

今でもそういう傾向はまだ強いですが、当時、世界中で就学率が上昇し、教育熱が高まると同時に、学校の成績に直結する知能指数(IQ)が重宝されていました。学校で良い成績を取り、良い大学の入学試験に合格する。そのために塾や予備校でも猛烈な指導がされていました。

私は強烈な競争社会であった「団塊の世代」(戦後多くの子どもが生まれた世代)の子どもの世代、つまり「団塊ジュニア世代」ですが、やはり人口の多さの影響を受けて2000人が通うマンモス小学校に通い、否応なく受験戦争に駆り出されました。

ですから、テストの点数で他人と比べられ、試験の合否で優劣がつけられるという世界に生きていたのですが、私自身も他の人と同様、無意識のうちに点数という数字を追いかけて過ごしていたように思います。

しかし、そんな社会にIQの他にEQという指標があると問いかける本が出たのですから、衝撃でした。当時はかなり話題になっていたことを今でも覚えています。

ただ、EQ(Emotional Intelligence Quotient)の副題が直訳の「感情の知能指数」ではなく「こころの知能指数」であったので、当時の私はきれいごとを羅列しているだけの本だと自分勝手に解釈して、この本を真剣には読みませんでした。