第一章 認知症におけるEQ

EQを用いた介護の必要性

しかし私は認知症の話を一切せず、息子さんに対して「お母様の一人暮らしにはもう少しサポートが必要なようですね。これからは息子さんが積極的にサポートに入ってください」と具体的にサポートの仕方をアドバイスしました。

その後一か月に一回の診察を、何度もする間にお母さんの栄養状態は改善し、体力はみるみる回復していきました。そして、お母さんの表情に余裕が感じられるようになった頃、「そろそろ物忘れの検査をしてみませんか? よく忘れるでしょう?」と話を振ってみました。

その頃はお母さんも息子さんも私を信頼してくださっていましたし、何よりお母さんの表情に劇的に笑顔が増えていたのです。

息子さんが生活に関わるようになったことを、本当に嬉しいと感じられていました。きっと今まで寂しかったんですね。

ですから息子さんに小言を言われても、表情は曇りますがすぐに笑顔に戻られます。そんな親子でした。息子さんは実際お母さんを大事にされていましたが、何度もお話ししているうちに、神経質な性格であることがわかりました。

母親との電話の際にゴミを出すように伝えたのに、言った通りに捨てていなかったことが気になるようなのです。約束が守られなかったことを、裏切られたと感じられているようでした。

お母さんに認知症の診断がつき治療を開始した頃、私は息子さんに質問してみました。

「お母様が約束を守れなかったことが気になられるようですが、そもそもお母様が今後学習すると子どもが学習した時と同じような感じで認知機能が良くなるとお思いですか?」

息子さんは私の突然の質問にきょとんとされています。

「認知症という病気は脳細胞に変化が起きる病気で徐々に進行していくものです。症状が進むことはあっても認知機能が元に戻ることはありませんよ」

息子さんはそんなことは考えたこともなかったという様子で、驚いた表情をしています。

「そうなんですか……?」

言葉は出てこず、表情は固まっています。きっと頭の中は混乱されているのでしょう。