「はい、現在の医学では治すことはできません。今は薬を使って進行を遅らせていますが、いずれは症状が進みます。だんだんと認知機能が落ちていくことを理解しておかなければならないと思います。つまり、小さなお子さんと違って、これから勉強して新しく覚えるということは期待できません。約束はだんだんと守れなくなると思います」
「……」
息子さんは私の話を聞いて言葉が出なくなってしまいました。
「今まで通りでいてほしいというお気持ちはわかりますが、これからは一人での生活を今まで通りしてもらいたいという希望にすがっているだけではいけません。これから周囲にいる私達が一緒に、冷静に病状を把握していきましょう。
できるだけ今まで通りお一人での生活をさせながら、できなくなっていることに気を配って危険に素早く気づくことが重要です。早め早めにサポートをするための手を打てるようにしていきましょう」
「先生の話を聞いて覚悟ができました。ありがとうございました」
これが典型的な認知症の診療風景です。このやりとりの中でいくつかこの病気の特徴に気づかれたかと思います。まず、認知症は今まで普通に生活されていた方がなる病気です。
特に初期は症状がはっきりしないので、周囲が気づきにくいということを知っておいてください。ご家族はご本人がばりばり仕事をしていた時の元気なイメージを強く持っていることが多いので、信じたくないという心理も働きやすく、第三者より気づきが遅れる場合があります。
認知機能の低下を指摘しても、ご本人ばかりか、ご家族までそれを認めないというケースもあり、そのようなケースではなかなか診断ができず、治療に入れません。
また何度も認知症の勉強をして、認知症が進行性の病気だと知識で理解している家族でも、「私の親は教科書とは違う」とその能力に期待を持ってしまいがちです。
ついつい「なぜできないの?」「前に言ったじゃないの」と言ってしまったり、そう考えてしまったりします。そうしてだんだんだんだんストレスがたまっていくのです。
そんな場面に遭遇するたびに私はこう言ってきました。
「理詰めじゃダメですよ」と。
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