「そうでしょう。でもその化粧は薄化粧さんにとてもよく合っているわ」

晴美はまたにっこりとして納豆に手をつけた。

「いいニックネームだ。なにしろ本人が喜んでいるのだから……。これからみんなでそう呼ぼうよ」

同じテーブルに座っていた鉄夫が突如、大きな声を出した。彼は普段は寡黙だが、肝心なときになると、しっかりとメリハリのある声で言うものだから、彼の弁は直ちにメンバーたちの心を捉えてしまう。

「晴美くん、ところで、ほかにまだニックネームをつけている人はないのかい?」

鉄夫は続けた。一つあるのならば、まだあるのかもしれないと思ったのだろう。

「もうひとりの看護婦さんを『白雪』、先生を『普段着』、そして司会者は『若白髪』とつけてみたの……」

晴美はさすがに頬を紅く染めながら言った。

「なるほどなあ。よく分かるよ。『白雪』さんは化粧もしていないのにしているみたいに見えるもんな。先生は白衣など着ないで俺たちと同じような服装をしているもんな、だから『普段着』先生。うん、分かる、よく分かる。『若白髪』は若いのに白髪だらけだからな。これはいいや」

鉄夫は食堂に響くように強く掌を叩いた。白雪や普段着や若白髪も自分のニックネームに感心したかのように鉄夫につられて手を叩いたのだ。

「さぁ、これで決まりだ。これからこのニックネームで呼ぼうや。その方が愉快だしね。硬くならないで緊張がほぐれる。ありがとう、晴美くん」

鉄夫は立ち上がって晴美のところへ行き、晴美に右手を差し出した。左利きの晴美は少しとまどいつつ右手を差し出したのだ。

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