はじめに 皆が酔いしれる時に

さまざまな旅で、皆が美酒に酔いしれる頃、私には秘かにしていることがあります。「この幸せな時間を、画用紙に留めておこう」と考えているのです。バッグの中には、スケッチブックとペンと絵筆と絵の具。いつでも用意万端。

お酒を飲めない私が、長い食事時間を乗り切る良い過ごし方でもあります。描き方は単純です。細い線を描くのが好きなので、まずは黒いペンで描き始めます。

配置を決め、その時々のテーマが決まれば、後は細かく描き込んでいきます。一番楽しい時間です。ペン先の仕事に私の指は迷いませんが、さて色を差す段階になると、少し迷います。かなり長い時間が空いたりします。

絵の具を溶き、思い切って色を塗り始めると、迷っていた時間はなんだったのかと思う程、サッサと塗れてしまいます。するとモノトーンの画用紙に魔法がかかり、色鮮やかな世界が生まれ出ます。

いつもいつの時も、これは私の手柄ではないと思う瞬間です。

食卓の絵の始まりは、一杯のポートワインからでした。ポルトの酒蔵でグラスに注がれた濃い赤い色に日が差し、その美しさを描き留めたくて、ペンと筆を動かしました。

すると、スケッチブックの上に、思いがけず魅力的なポートワインが再現されました。

一杯のワイン、テーブルに出された一皿、ナプキンや飾られた花々、そこから食卓全体の設えへと、一枚のスケッチブックに描く絵柄は増えていきました。

また、行く先々の花々、落ち葉や、木の実、買った土産品のパッケージまで、愛おしくて、ついつい描いてしまいます。

旅の仲間はさまざまで、グループであったり、夫と二人だったりしました。同じ場所に同じ仲間と、そんなくり返す旅もありました。いかにも旅が日常というような表現をしていますが、実のところ家業がらみの旅が多く、時間も行き先も限られていることがほとんどです。

そんな旅でも、ニースの海岸通りで、先輩ばかりの旅仲間の一番後ろを歩きながら、「この旅を一番喜んでいるのは私に違いない」と、心底思ったことがありました。

見るもの聞くもの皆楽しくて、やはり皆描き留めたくなりました。それは、二人の子どもから少し心を離せるようになった時期でした。それから二十数年が過ぎた今も、ヨーロッパの不思議に輝く空に惹かれ続けています。

一緒に旅した仲間にも、いつか旅に出るあなたにも、このワクワクが届きますように。そんな願いをこの画文集に込めてみました。