序章 旅立ち

「わしは、昔僧兵(そうへい)だったんだ。

生まれたのは、家も畑も坂だらけで、平らな土地なんぞ踏んだこともないような山の里だ。兄弟が多くて食い物も無かったから、わしは、ある大きな寺の末院(まついん)の小僧になった。

小僧といっても、経文(きょうもん)なんぞ教えてくれなかった。来る日も来る日も水汲みや掃除や飯炊きに追い回されておったなあ。

そのうちわしは並み外れて体が大きくなり、薙刀 (なぎなた)を仕込まれて僧兵(そうへい)にさせられた。否も応もあるものか。

本寺と末院とは昔から仲が悪くて、しょっちゅう小競り合いをやっていた。ある時わしは本寺と末院の争いに駆り出され、大暴れしているうちに相手の坊主を殺してしまった。

その時滅多に見たことの無い紫の袈裟をかけた坊主が、わしに説教した。

『お前は間違って僧を殺してしまった。今後争いの種を撒かぬために、お前を本寺に引き渡すことにする』

わしは、そんなものかな、と大人しく坊主等にひっくくられ、本寺へ連れていかれた。小坊主のわしなんぞ、頭のいい高僧達に何を言ったって、どうせ言い負かされちまうと思ったしなあ。本寺では、坊主どもが総出でわしを待っておった。

本寺の金襴(きんらん)の袈裟をかけた坊主が、わしの前に来て問いかけた。

『お前が、僧正坊か』

『へい』

『たった一人で六人もの僧兵を殺した僧正坊というのは、お前か』

本寺のどもが一斉に薙刀(なぎなた)を構えた。

わしは仰天した。そんなに大勢殺した覚えはない。だが、小僧のわし一人に怯えて身構えている本寺の僧兵どもを見回すと、馬鹿らしくもあり、また何だか大手柄をたてた気にもなって、ちょっと得意にもなった。わしは何も言わなかった。

わしは殺されるだろう。樹に縛り付けられているうちに、いくら頭の足りないわしにも、だんだんわかってきた。

末院の高僧は、わしに六人分の殺しを押し付けたのだ。小僧のわし一人を引き渡すことで、本寺と和議を結ぼうとしたのだ。わしは、むらむらと腹が立ってきた。 

紫の袈裟をかけた末院の高僧に、こんこんと説き聞かされた時には、わしは殺されても仕方ないと覚悟したのだ。それなのに、その末院の高僧がわしを騙した。わしは頭がくらくらした。

あいつらに騙されて殺されて、たまるか。