第1章 人間じゃないの

私は、クラブを片付け始めた。ピッチショット(短い距離を打つショット)の練習エリアに行くつもりだ。この練習場のよいところは、芝の上からピッチショットの練習ができる施設があることだ。

多くのゴルファーは短い距離を寄せる練習や、パターの練習はあまりやらない。というか、やりたくても都会のゴルファーは練習場も狭いのでそんな練習ができない。

しかし、田舎の人口27万人ほどの我が町には、その練習をする施設があるのだ。しかも利用料が2時間たったの300円。

練習場の社長が言うには、「消費税分30円頂きたいのですが、半端だから切り捨てます。その代りクラブで掘った地面には芝が生えてきやすいように砂を撒いてください。よろしくお願いします」

ゴルファーの気持ちが分かる社長さんだ。

露天の練習場は、気持ちがいい。気になる人が後ろにいないから、さっきのように緊張せずに打つことができる。私は、20ヤードと30ヤードの距離を打つ練習を始めた。芝の上から打つ練習は効果的だ。

マット上だと、ボールの手前にクラブが入っても、ボールはそこそこよい具合に飛んで目標のほうへ近づく。しかし、芝の上から打つと、芝を嚙んだりして失敗する。自分のショットは思うようには飛ばない。

失敗のショットを打つこともあるが、練習は楽しい。幸い練習をしているのは私一人。打ちそこなっても平気なことで、幸せな気分を満喫できる。

「すみません。端のほうを使わせてくださいな」

さっきの彼女の声だ。声だけ聞くと、落ち着いた低めの声だ。私は、キンキンの高い声は苦手だ。かといって、好きになった人がそういう声の持ち主なら、それはそれで高い声を好きになって惚れ込んでいくのだろうけれど。

「どうぞ。でも、お隣で一緒にどうですか」

「いいえ、ご迷惑かけそうなので、端のほうで打たせてもらいます」

「一人で打っているよりも、楽しめますよ。どうぞ、こちらで打ってください」

「そうですか。じゃあ、遠慮なく」

「20ヤードと、30ヤードの練習をしていたのですけれど、いいですか」

自分のところにあったボールを半分、彼女のほうへ取り分けた。自分が打ち始めないと、彼女は打ちにくいだろうと思い、グリーンまで20ヤードの距離をピンに目掛けてボールを打った。

ラッキーにも目標の近くに飛んでいき、4、50センチのところに止まった。彼女も打ち始めた。私の2番目のボールは、目標の2メートルも右のほうへそれて先へ跳ねて行った。