何気なくつけていたラジオから聞こえてきた、切れのいい豊かな話は、すごく魅力的に感じた。僕は週に一度の、その真夜中の時間を待ち遠しく感じた。

ラジオの中にいる、世界的な映画祭を制した偉大なる芸人は、毎週僕を笑わせ、時に考えさせてくれた。ソウル、ロック、ファンク。ラジオから流れてくるその音が、ただ僕のすさんだ心を満たしていった。

僕はその日から、部屋に引きこもるようになった。出かけるのは、近所のレコード屋さんに行く時だけ。もともと好んでいたわけではない喧嘩や博打も必要としなくなった。僕は、親のツケを利用して、片っ端からレコードを買いあさり、音楽をむさぼるように聞きまくった。

映像的な詩、赤裸々な表現、その中にある新しさ。力強く、したたかであると同時に鋭さを放つ音の数々。どれだけ救いになったことか。4人組のパンクバンドの、有名な歌詞のワンフレーズは、僕の頭の中に、何度も再生され続けた。

そんな時期、安藤しげじさんという、大きな会社の社長さんから連絡があった。しげじさんは、僕が幼い頃から生家に出入りしていた人で、すごくかっこいい大人なんだ。

しげじさんは、生業だった家業の会社を、父親の不始末で失ってしまったことがある。でも、何一つ愚痴を言わず、頭が白くなるまで頑張って、資金をかき集めた。そして会社を買い戻し、社長として、以前より会社を大きくしたんだ。

とにかくすごい人だ。二十歳も年の離れたこのしげじさんのことを、僕は男として尊敬していた。ある日の夕方、母が亡くなってから、ずっと音沙汰がなかったしげじさんから、僕は電話をもらった。

「よかったら食事に付き合ってくれないか。君とじっくり話したいことがあるんだ」

その店は、山の中腹にあった。市街を一望できる素晴らしい景観。棟方志功の版画がさり気なく飾られ、温泉施設まで隣接している。夕暮れの町並みが徐々に暗くなり、家々に明かりが灯る頃、しげじさんがいつものように、スリーピースのスーツで颯爽と現れた。

僕は汚いジーンズに虎模様のスカジャン。でも、しげじさんは、場違いな僕の服装を一切気にしなかった。とにかく粋なのさ。

そこは、ふぐ料理で有名な店だ。美しい器に盛られた色とりどりの前菜。続く、ふぐの肝和えも旨かった。料理に舌鼓を打ちながら、話題が豊富で楽しいしげじさんとの時間に、僕の緊張は徐々に解けた。

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