だけど今、引く手は反応が薄い。
血管の浮き出た見た目はあの時のまま、顔も容姿もさほど変わってはいない。でも私が引くおばあちゃんの手は、私を暖かく包もうとはしない。
私が労わりながら離れないようにしっかりと手のひらをつかんでいる。おばあちゃんが握り返すあの時の力強さはどこかに行ってしまった。
「おばあちゃん、大丈夫?」
おばあちゃんの耳にその声が届かなかったのか、それとも聞こえてはいるけど反応してくれないのか。
おばあちゃんはただ手を引かれているだけだった。
そうして駐車場から大人の足なら何分も歩かずに着く海岸にやってきた。おばあちゃんと歩いたのはずいぶんと久しぶりだった。
海岸が開けた。
小道はグラデーションで砂浜へ変化する。いつもの私なら「わーっ」とか言いながら走り出すだろうけど、今日は違う。
相変わらず中身は子供のままなお兄ちゃんが私の代わりの台詞を吐いて、駆け出した。
私はおばあちゃんに振り返る。
「おばあちゃん、海だよ、見て」
「ほんとだね、海だね」
シンプルな返事で嬉しいかどうかは聞き取れなかった。
お父さんもお母さんもそして私とおばあちゃんも、ゆっくり進んで海岸から海を眺めた。
お兄ちゃんは馬鹿丸出しで、水の寄せるギリギリの所まで行っている。
まさか、こんな事が起こるなんて。
きっといつまでも忘れられない。
【前回の記事を読む】おばあちゃんがシロナガスクジラはいつ帰ってくるのかとしきりに聞いてきて……
次回更新は7月3日、11時の予定です。