第一章
「お母さん、お世話になります」
お父さんがおばあちゃんに喋りかけた。
何やら大人たちが喋り始めたとき、私は懐かしく部屋を見てまわる。そうしたら、そこに雑誌の切り抜きと思われる鯨の写真が、その雑さや粗さのままに貼られているのを見つけた。
お母さんの声がふと耳に入る。
「かあさん、この鯨は?」
(鯨?)
おばあちゃんに鯨なんて、全く縁がないように思う。おじいちゃんが漁師だったわけではない。建築関係に勤めていたと聞いたことがあるし、元気だった時にもそんな話は何もなかった。おばあちゃん自身だってそうだ。海が近いわけでもない。昔々に漁師の家系で、なんて話も無い。
元気だったころのおばあちゃんが魚や鯨に興味があるとも、鯨の肉が実は好きだとも、全くそんな話はなかったのだ。
「ヒナ……」
「えっ?」
おばあちゃんが小さく何か言ったら、お母さんがすぐに聞き直した。
「日向子が帰ってくるから。誰か知らないかと思って、日向子の鯨」
「はっ? かあさん、日向子って亡くなったお姉ちゃんのこと?」
「そうだよ。日向子だよ」
「えっ? ちょっと何、言ってるの、かあさん……」
お母さんは呆れた顔でおばあちゃんとお父さんを交互に見ている。お父さんも不思議な顔をしている。
私は歩みをおばあちゃんの方に向けて、静かにお母さんのそばに座った。
なんか、三人とも黙って顔を見合わせている。
私はおばあちゃんを助けてあげたいような気持ちから切り出した。