「ねえ、おばあちゃんとお母さん。日向子さんって?」
「小さいときに亡くなった、私の姉よ」
(姉?)
おばあちゃんはお母さんに向かってでもなく、こんなことを言った。
「もうすぐ日向子が帰ってくるかもしれないのよ」
「むかし日向子が病気で入院していた時に話をしたから」
「鯨ならそろそろ戻ってくるかと思って」
「鯨が来たっていうニュースは聞かない?」
「今、鯨はどこにいるのかしらね?」
おばあちゃんは少しどこか寂しそうで、子供が拗ねる様にも似ている。
頑固に言い張るわけでもないが、何かを信じてその妄想から現実に戻ってくることが出来ない人に見えてしまった。
やっぱり私の知らないおばあちゃんになっている。
「杏南ちゃん、今度大きな鯨が日本に帰ってくるのはいつか知らない?」
「うん、分からないな、私は。おばあちゃん……」
だけど私はおばあちゃんに少しでも力になりたい気がして、すぐに携帯で調べた。
「ねえ、おばあちゃん。シロナガスクジラってね、世界中の海を回遊しているんだって。数は少なくて、地球上のいろんな海を泳いで渡るらしいよ。人間にはめったに見つからないからあまり情報が多くないんだって。だからさ、人が見かけるのってとても珍しい事なんだよ。きっとね」
おばあちゃんはすぐにそれには答えてくれた。
「やっぱりね。なかなか見つからないからね。やっぱりそうなんだね。でも誰か見つけてくれないかしらね。そろそろ日向子が帰ってくると思うのよ。康子、誰かお客様が来たら聞いてみて。シロナガスクジラのことを知りませんかって」