おしゃべりだな、と修作は思う。
診察待ちの人でいっぱいの待合を抜け、正面玄関口から出る。タクシーが横付けされ、お年寄りがゆっくりと降りようとして難儀している。それを夫であろう男の人が、心配そうにタクシーのドアに手を掛けて見守っている。
修作は久しぶりの外の空気を胸一杯に吸い込む。春が近いらしい。公園内を走る遊歩道をゆっくり進む。池を囲むように枝分かれした遊歩道が走っていた。池は思ったより大きく深そうな感じ。病棟の窓から見るのと違う。
「もっと近くに行きましょうか?」
「お願いします」
新井さんは緩く誘導する短いスロープを降りはじめた。へりギリギリに車椅子はぴたっと止まる。池の中を覗き込むと修作と後ろに立つ新井さんがさざなみに揺れていた。
「いま新井さんが車椅子をひと押ししたら僕は確実に溺れますね」
「また冗談言わないで」
「なんか今この瞬間新井さんに命を預けてるみたいだ」
「そんなことしません、やめてください」
「外国にこうした池を覗き込むとたくさんの人骨が沈んだ場所があるそうです。もともとは池ではなくて、人骨を埋めるための巨大な穴が池になったんだそうです」
「ほんとに?」
「人間がおかした負の歴史がそこにあります」
「そうなんだー」
「新井さん、僕はこの病棟からいつでられますか?」
【前回の記事を読む】昔から憧れていた、その人の所へ行ってひと夏を過ごしてみようという着想が浮かんだ