四十七

たとえば看護師に自分では、おはようございます、と口を動かしていても、看護師には怪訝な顔をされる。

諦めてあきらめてぷいと横を向き、嘆息する。簡単なおはようございます、など身振り手振りで伝わりそうだが、相手には、なんだかしまりの悪い戸を引いたとき時のような、軋み音が、かすれ、とぎれながら、ただ吐き出される二酸化炭素にすぎないこととなる。

親族待合室までたどりつき、修作は中に入った。先客が座っている。患者のようだ、初老の男がパジャマ姿でポツネンぽつねんとうつむいている。修作に気付き気づき、男は顔をゆっくりとあげた上げた。

「あんたも眠れないの?」

「ええ」といった言ったが声にならないらしい。それきり会話は続かず、沈鬱な沈黙が流れる。

窓辺まで歩行器を押していき、向かいにある公園の寂しげな灯りに目をすえれば、修作のなかには来し方行く末がぼんやりと滲み出す。

背後で男が立ち上がる気配がして、スリッパを引きずるように待合室を出ていった。このままでは終わりたくない、このままでは終われない、との言質が修作から洩れるもれる。

公園の灯りが淡くかすんで膨らんでいく。ベッドに戻り横になるがやはり眠れない。そのうちようやく朝がはじまり、病棟は一気にざわざわザワザワしはじめる。そうなって、やっと修作はうつらうつらしはじめた。

するとカーテンでしきられた隣にいる患者のところに看護師がやってきて、処置をしながら話している声が聞こえてきた。

「となり夜中眠らないで病棟うろうろしてるのよ、ちゃんと夜眠ってほしいものだわ、昼間眠らないで――」と言っている。

「躰だけじゃなく、心も病んじゃったのかしら」

「それは元々でしょ、たぶん。暗いし、一言も話さないよ、となり」

「そうー……」

見られていたのだ、と修作はぼんやりしかけたまま、看護師と隣の患者の会話がかすかになっていくまま、身動きひとつせずに、目が閉じるに任せていた。