四十七

「そうね……先生が判断することだからね……」

「僕の心は壊れてしまったのかな?」

「そんな、大丈夫、完治しますよ、先生信じて」

「でも心までは治せないでしょう」

「そんなことはありません、逆に躰が良くなれば心も……」

「病は気から」

「そうー、わかってるじゃない、そういうこと、あれ、逆かな、この場合は」

「どっちでもいいんだけどね、このまま……」

「このまま、何?」

「いや、病棟に一生いてもね、僕、世の中が苦手で社会で生きるのが苦しい」

「ダメよ、弱音はいちゃ、惑星に戻るんでしょ、早くここを出て」

「惑星かあ……」

「森下さんにとって唯一信頼できる場所に、青い鳥みつけに行かなきゃ」

「そうだ、新井さん、僕の書いた詩を読んでみませんか?」

「えー、夜眠らないでそんなことしてたの。読む、読む、是非に」

「ノート渡すから感想聞かせてください。先生との約束なんだけど、会えないから……」

「山本先生なら病棟にいるじゃない」

「いや、その先生じゃなくて、高校の時の……」

「高校?」

「あっ、いやなんでもないです。新井さんに読んでほしいんです。全体の詩集のタイトルは、ノスタルジアです。」

「ノスタルジア!? 風が冷たくなってきたからそろそろ病棟に戻りましょうか?」

「はい、そうしてください」

風の舟。

雲の舟。

雨の舟。

光の舟。

修作は今ある難病にとりつかれている。

数々の罪の代償のように、少しずつ彼の躰は一本の棒となって固まりつつある。

一本の棒人間は固まったまま、相変わらず小屋の窓から溜め池を眺める。

ときどきランダムな追想から引き戻され、室内に目をやると、結句紆余曲折歩いてきたけれど、人生の晩年にたどりついたのは、この小さな溜め池のほとりの小屋だったか………………と嘆息がもれた。

すると目の端に黒い人型がよぎるのを感じて、とろんとした水面に向きなおるが、一瞬横切った人型はそのまま水面にスッと消えていくように、見えなくなった。

水面は波立ちもせず、音も聞こえなかった。

修作はなぜだかわからないが、とうちゃん、とひとりごちた。

揺れてもいない水面に後を追うように、ふっと引き寄せられる錯覚を覚えて、二、三度かぶりをふった。