「今日から僕たちの仲間入りした井意尾さんはどんな趣味を持っていますか? 趣味がないという人が多くて、司会者としてはどう進めていいか困っています」
シーンとして、塵が落ちる僅かな音さえしない静寂の中、若白髪が眉をしかめながら言った。
晴美の顔は見る見るうちに紅玉の林檎のように真っ赤に染まってきた。彼女は無意識のまますくっと立ち上がった。
「私も、実は私も趣味はないのですが、ただ一昨日から書道を習い始めました。まだ、右も左も分かりませんが、筆を握ることは楽しいなぁと、と、思いました」
大声で部屋中に響き渡る声を出した。みんなはその声に吃驚するのを通り越して「クスクス」と笑う者さえ現れた。そして、若白髪が、「井意尾さんは書道なんですね。よかった、趣味のある人が出てきて……。さすがに井意尾さん、いいおねぇ……」
その若白髪の駄洒落に、室内は大爆笑の坩堝(るつぼ)と化した。
みんなの緊張がすっかり空に飛び、それからは「カラオケ」とか「犬と散歩すること」とか「好きなテレビを観ること」とかさまざま出てきた。
「これで、皆さん全員発言しましたね。では、これからどう進めていくか……」
若白髪は薄化粧の顔を覗き込んだ。彼女は腕時計を見た。針は十一時四十五分を指していた。
「はい、午前中の話し合いはこれまでです。この続きは後日にしましょう。これから休憩を兼ねて二階の食堂へ行って、みんなの大好きな昼食を食べましょう」
薄化粧は「大好きな」という言葉を強調したので、またみんなはお腹を抱えて哄笑(こうしょう)した。